中国歴史の勉強になる旅行

こんにちは、西安金橋国際旅行社の担当者、倪と申します、皆様に中国史の勉強になる旅を少しずつご紹介致します、
何かご希望(ご要望・リクエスト)もございましたら、お気軽にxiaojunn@gmail.com までお声をおかけくださいませ。

大雁塔

『西遊記』ゆかりの大雁塔 各王朝 が都を定めた長安、その長安で古都の雰囲気を演出しているもののひとつに大雁塔があります。塔は現在の西安の東南郊外慈恩寺境内にあります。  慈恩寺は648年、唐の第三代皇帝高宗李治が亡くなった母、文徳皇后の慈恩を追慕して建立した寺で、高宗の皇太子時代に立てられました。当時の慈恩寺は 僧房1897室、僧侶300人が集まっていました。しかし、唐代末期、戦乱のため焼き払われ、今の大きさは昔の十分の一に過ぎません。  現在の境内にある当時の建物は大雁塔だけですが、塔の前方には明代と清代の建物が残っています。その講堂の中に金色の阿弥陀仏と昔の仏座が展示されてい ます。講堂前の大雄殿には釈迦如来の三身仏と十八羅漢があります。これらの仏像は明代のもので、後年、鍍金したり、塗装して現在に至っています。塔の東南 に明、清代の慈恩寺歴代住職の舎利塔が八基あります。庭園には鐘楼と鼓楼があり、その中にそれぞれ大きな鐘と太鼓が掛けられています。  シルクロードを通って西域128ヶ国を歴訪し、インドでの遊学を終えて、多くの経典と仏像を長安に持ち帰った『西遊記』ゆかりの唐代の高僧、玄奘(三蔵)法師は慈恩寺をすばらしい寺と して、この寺の境内に塔を建立して、仏像と経典を保存したいということを高宗に願い出ました。高宗は『西遊記』ゆかりの唐代高僧、玄奘(三蔵)法師の願いを適え、玄奘(三蔵)法師の建議によってインドの塔婆を 真似て、五層の塔を建てました。これは652年のことでした。この塔に使用された材料は煉瓦、石灰、土、餅米で、内部を土で築き、外面に煉瓦を積みまし た。塔が一日でも早く出来あがるように、玄奘(三蔵)法師は毎日、朝早くから夜遅くまで煉瓦などの材料を籠で背負って運搬したと伝えられます。 塔が竣功してから、玄奘(三蔵)法師の持ち返った仏像などがその中に安置されました。そして、玄奘(三蔵)法師は慈恩寺を翻訳経院とし、経典の翻訳を約11年間に亙って続けました。  大雁塔は則天武后の長安年間(701-704)に大改造を行って十層になりましたが、その後の戦乱などで七層から上が崩壊してしまいました。  現在の塔は煉瓦造りの七層で、高さ64m、中に螺旋階段があり、階段は碑と漸く擦れ違うことができるほどの幅ですが、最上階まで登ることができます。ま た、各層には正確に東西南北の四方に窓が開いています。  塔の南入口の左右の龕には唐第二代皇帝太宗の「大塔三蔵聖教序」の石碑と唐第三代皇帝高宗の「大塔三蔵聖教序記」の石碑があります。碑文の内容は玄奘(三蔵)法師の苦労を称えたものです。  唐の下部の東西南北側にそれぞれ石門の上に横木が一本ずつあります。南の石門の横木を潜ると、中央広間の回廊の南側の石碑の上に科挙の合格者の名前と出 身地が刻まれています。他の石門の横木にはそれぞれ精巧な線刻の仏像と天王像があります。特に西側の石門の横木に陰刻した釈迦説法図と殿堂図は圧巻です。  五門単層四注造りの仏殿が拓本取りで真っ黒になっていますが、陰刻された鴟尾や屋根などの状況は鮮明です。この仏殿図は日本の奈良?平安時代の木造建築 の原形となっただけでなく、中国建築市場でも唐代の建築様式、絵画、彫刻芸術を伝える重要な文化財です。  大雁塔はすでに1300年の歴史があり、その間、震度7以上の地震に度見舞われていますが、昔日の雄姿のままに重厚な姿を見せています。
住所: 西安市南郊大慈恩寺内  電話:029-85527958、開門時間:8:00-17:00 入場料:25元、塔内20元  目次へ



鐘楼

鐘楼は西安市内の中心にあります。ここを起点として東西南北に四つの大通りが伸び、それぞれ四つの城門に通じています。この四つの大通りが市内の交通網の基軸と なっています。 鐘楼は正方形の木造建築で、高さ36m、敷地1377平方m、高さ8mの煉瓦造りの土台の上に立っています。  昔、時を告げるため、明の洪武十七年(1384年)に造られました。もとは広済街にありましたが1582年に今の所に移りました。塔の上にかつて、大きな鐘が吊るされていました。鐘は毎朝70回撞かれ、鐘を撞き終わって から東西南北にある四つの城門がそれぞれ開けられたと言われます。 今、鐘楼の鐘の音は録音されており、毎朝市民に時刻を告げています。鐘楼は外から見れば華麗な三階建てですが、実は軒が三層、建築は二層です。楼の四方にアーチ型の通路があり、楼の中に階段もあります。天井には綺麗な花 の模様が描かれています。四方の門の人物像にはそれぞれ面白い来歴があります。この壮観な建物の造営のには釘が一本も使われていません。鐘楼は清代の乾隆五年(1740年)に修理されました。また、1953年7月から1954年6月にかけて全面的な大修理が行われ、ペンキも塗り直され、 現在の姿は全く昔日と同じです。楼上からは市内の街並を一望できます。住所:西安市鐘鼓楼広場、電話:029-87274580 開門時間:夏季8:30~20:00 冬季 8:30~18:00(閉門30分前まで入場可) 入場料:35元、鐘の演出時間:8:30、9:15、10:00、10:45、14:00、14:45、15:30、16:15.

西安の概況

西安市は中国の西に位置します、悠久の歴史を持つ近代的な大都会である。黄河<黄色い川>流域の関中<関所の真ん中>平野の中部にある西安<昔の長安>は南に秦嶺山脈、北に胃水が流れ、気候が季節風のため、温帯の半湿潤性のものである。季節がはっきりしており、温和の気候に恵まれている長安は、年間平気気温は13度で、寒い冬以外のシーズンはすべて観光に適している。
西安は古くは長安といわれ、シルクロードの起点であって、イタリアのローマ、ギリシアのアテネ、トルコのイスタンブルとともに世界四大古都と称されている。
西安はすでに3100年あまりの歴史があり、周、秦、漢、唐など13の歴代の王朝がここに都を定め、その歴史が計1100年もある。周、秦、漢、唐の時代には、西安は中国の政治、文化、そして対外の交流の中心であった。漢唐時代の長安城は、東洋と西洋を結びつけるシルクロードの起点となり、各地からの賓客がここに雲集し、まさに万方幅輳の国際的な大都会であった。「東に長安、西にローマ」との言い伝えが世界の歴史における西安の役割を評価するもとっもふさわしいものである。
この生き生きと活力に富んだ都は、輝かしい歴史と数多くの文化遺産を誇り、さらに整備されつつある都会のインフラ、ハイテクな情報サービス機能など、日進月歩に発展する近代的な大都会の姿と未来像を世界に示している。100以上の国内国際航空ラインを持つ西安国際空港は、西安を中心とする「米」字形の光ファイバーをもとに、マイクロ波や衛星通信、コンピューターなど公衆情報の地域ネットワークが型作られ、国際社会との情報交換に一層便宜を図ったのである。西安の科学教育における優位をさらに発揮させるハイテク技術産業開発区など近代化産業地帯の建設や林立する高級渉外ホテル、健康で多彩なレクリエーション、観光グッズなど品品を揃える快適なショッピングセンター、国の内外で好評されるグルメなど、国内外の観光客を魅了している