西安金橋国際旅行社(中国金橋国際旅行社西安支社)

中国西部内陸歴史を語る遺蹟情報満載!

 西安金橋国際旅行会社<中国金橋国際旅行会社西安支社>(国家旅遊局授権国際旅行業務資格登録番号:L-SNX-GJ00011)  
 安心と信頼の金橋 中国金橋国際旅行会社は1984年設立された中国第一類旅行会社です、中国全国に支社が約30社もあり、英語、日本語、フランス語などの多くの優秀なガイド、通訳者がいます。 「お客さんを第一」、「サービスを第一」が弊社のモットーです。
 特に西安金橋国際旅行会社<中国金橋国際旅行会社西安支社>は西安を中心に中国西部、内モンゴル(フフホトなど)、山西省(運城など)、河南省(洛陽など)、四川省(広元など)、陝西省(西安、宝鶏、延安、楡林など)、寧夏自治区(銀川など)、甘粛省(蘭州、武威、張掖、嘉峪関、敦煌など)、新疆ウイグル(ハミ、トルファン、ウルムチなど)、青海(西寧など)、チベット自治区(ラサなど)などの過去の歴史を語る遺跡、シルクロード遺蹟、三国志遺跡、仏教石窟寺院遺跡、唐代大詩人の足跡などを辿る格安観光旅行サービスを提供しております。
 豊富な経験と実績を誇る西安金橋国際旅行会社<中国金橋国際旅行会社西安支社>は格安旅行を安全かつ円滑に実施するために力を入れております。中国内陸の旅は安心・安全・信頼・格安の西安金橋国際旅行会社にお任せ下さい。詳しくはメールにてお気軽にお問い合わせ下さい!
 世界中を深く案内してくれることでも有名な「地球の歩き方」にも弊社を掲載させていただきました。2013-2014年版、2016-2017年版、2018-2019年版「地球の歩き方 西安 敦煌 ウルムチ シルクロードと中国西北部」の旅行会社のご案内欄に掲載をさせて頂きました。
 これを励みに、今後もお客様にご満足いただけるサービスの提供を目指し、より一層精進して参ります♪
 中国西部現地旅行社(中国全土旅行代理店):西安金橋国際旅行社
 担当者:倪小軍、電話:0086-29‐83710118、携帯:0086-137‐7219‐2936(24時間)
 住所:中国陝西省西安市西大街安定広場4-3-418、3-A-503
 メールアドレス:xiaojunn@gmail.com(日本語可)
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陝西省に伝わる民間戯曲「華陰老腔」 春晩出演で後継者見つかる

陝西省に伝わる民間戯曲「華陰老腔」 春晩出演で後継者見つかる

国家級の無形文化遺産伝承人である張喜民さんとその仲間は、今年の中国中央テレビ(CCTV) の「春晩」(春節を祝う中国の国民的年越し番組で、日本の紅白歌合戦に相当)で、民間戯曲「華陰老腔」を披露。一夜にして「時の人」となったものの、このほど上海の梅隴文化館で張さんを取材してみると、有名になったことよりも、春晩に出演したことで、孫が後継者として名乗りを上げたことに最も喜んでいた。解放日報が報じた。


華陰老腔は、前漢(紀元前206年- 8年)の時代に兵士らを鼓舞する音楽として生まれた。張さんの実家である、陝西省華陰市衛峪郷双泉村はかつて、その華陰老腔が最も盛んな場所だった。華陰老腔の十代目継承人である張さんの家にある台本は、乾隆(1711—1799年)の時代にまで遡ることができる歴史あるもの。華陰老腔は、人気歌手の譚維維(タン・ウェイウェイ)とコラボできたことで、ネット上で大きな話題となり、春晩でその人気が最高潮に達してラッキーだったという声もあるが、張さん本人に出会うと、「一夜にして大ブレーク」という見方は消えた。張さんは、華陰老腔の発展や自分がそれを学んできた過程、伝承の現状などを生き生きと語ってくれ、その弁舌は、新人芸能人の80%より優れていた。


孫が後継者に名乗り


2千年の歴史を誇る華陰老腔は、張家では、男性だけに継承され、女性には継承されてこなかった。しかし、張さんの世代の時には、性別や家系などが問題になることはなかった。昨年、現地の文化局は、1年間続く華陰老腔の教室を開き、1週間に2日、受講者が華陰老腔を学んだ。うち1日は張さんが教壇に立つ。ただ、受講者のほとんどが中高年者。「飲み込みはおそい。でも、少なくとも、華陰老腔を伝えられる」。


春晩に出演すると、張さんのもとには多くの問い合わせが来るようになった。しかし、張さんを最も喜ばせたのは、孫の張猛さんも習いたいと言ってくれたことだという。猛さんがまだ10歳だった2005年、張さんは華陰老腔を教えたいと思ったものの、「あまり興味を示さなかった。でも、今年の春晩を見て、突然、真剣に習いたいと言い出した」という。張さんは、華陰老腔の後継者に関してずっと焦りを感じていたものの、全ての状況を甘んじて受け入れなければならないとも考えていた。そんな時に、孫が自分から習いたいと言ってくれて、張さんは何か肩の荷が下りた思いを感じている。


後継者が見つかっても、張さんは華陰老腔の普及に今も力を注ぐ。梅隴文化館を取材してみると、張さんらは、陝西省から皮影や酒壇、長い腰かけなどの小道具を持ちこみ、観衆に本物の華陰老腔を楽しんでもらっていた。(編集KN)


「人民網日本語版」2016年3月8日