中国歴史の勉強になる旅行

こんにちは、西安金橋国際旅行社の担当者、倪と申します、皆様に中国史の勉強になる旅を少しずつご紹介致します、
何かご希望(ご要望・リクエスト)もございましたら、お気軽にxiaojunn@gmail.com までお声をおかけくださいませ。

兵馬俑はなぜ一重まぶた? 三つの説

【7月7日 CNS】中国・陝西省(Shaanxi)西安市(Xi'an)の文化的な観光資源は実に豊かだ。周、秦、漢、唐などの王朝が、この地に無数の文化遺跡を残した。


 大雁塔(Big Wild Goose Pagoda)、鐘鼓楼(Bell Tower of Xi'an)、西安城壁(Fortifications of Xi'an)などがある。だが、最も世界を揺るがした遺跡は、「世界八番目の不思議」と呼ばれる秦の始皇帝の兵馬俑(Terracotta Army)だ。


 兵馬俑を見たことがある人は、その膨大さ、緻密さに感服させられただろう。


 千年もの間、黙々と始皇帝を守護してきた者たちが、全員一重まぶたであることに注目している人はそう多くない。


 兵馬俑の兵士が、なぜ一重まぶたなのか。実は考古学界でも、この問題は大きな論争になってきた。幾度もの議論を経て、諸説がある。


■その1・顔料の色落ち説


 兵馬俑の兵士は人間を模して製造されたため、表情は実に生き生きとしており、二重まぶたも一重まぶたの兵士も存在していたと考えられていた。しかし、二重まぶたは顔料を使用して描かれていたため、発掘された際に空気に触れ、酸化したことで顔料が色あせ、一重まぶたになったという説だ。


■その2・職人の手抜き説


 二重まぶたがないのは、仕事に手抜きがあり、わざと二重まぶたを描かなかったという説だ。


 ただ、この説にはあまり信ぴょう性がないように思われる。人に模して製造された大小の陶器製の兵士に、手抜きをするためだけにまぶたを描かないことがあろうか。秦の始皇帝が、職人に適当な仕事をさせたとも考えにくい。


■その3・一重まぶたが漢民族のシンボル説


 ある専門家は、兵馬俑は芸術品であり、人を模してありのままの姿で製造されたと考えている。そのため、兵士が一重まぶたであった原因は、当時のモデルとなった人間が一重まぶただったことに由来している。


 2200年前、秦を統治していたのは、西北地域に住んでいた人々で、モンゴル人や東アジアにルーツがある人種で、相対的に単一民族だ。この民族の身体的特徴の一つが一重まぶたであり、蒙古ひだ(目頭を覆う部分にある皮膚のひだ)があることだ。


 医学用語では、「内眼角贅皮(ないがんかくぜいひ)」と呼ばれ、東アジアや東南アジアの民族に多くみられる。


 晋の時代、漢民族は各地の民族と同化し、秦や漢時代のように単一民族ではなくなった。特に、魏晋南北朝時代には、北方の遊牧民族が南下して来た影響で、漢民族は南方の土着民族と同化した。そのため、唐時代の壁画や彫刻には、鼻が高く目が大きい胡人の姿が見られる。


 一重まぶたとつり目は、漢民族の変わらぬ美意識の主流だ。唐時代の美人画では、細い目のつり目か一重まぶたが多く描かれている。


 千年の月日が流れ、秦の兵馬俑はすでに秦帝国の栄枯盛衰を忘れ、血統に関心を払う者はいない。兵馬俑の形状や表情を通して、当時の文明や社会の様子を理解することができる。今日に至るまで、兵馬俑は人類の歴史と文化の宝庫であり、依然として無数の神秘が眠っている。新たな発見とその継承が待たれる。(c)CNS/JCM/AFPBB News

始皇帝祖母の墓とみられる場所に陪葬のテナガザル、「新種」と確認

【7月6日 東方新報】中国と英国の研究者協力の下、発掘作業が行われていた中国・陝西省(Shaanxi)西安市(Xi'an)神禾原(Shenheyuan)秦陵園(Qinlingyuan)で2006年に出土した動物の死骸は、テナガザルに属する新種であることがわかった。米誌「サイエンス(Science)」オフィシャルサイトで6月22日に発表された。

 また、当時、発掘作業に関わった丁岩(Ding Yan)氏によると、テナガザルの死骸が出土した墓に埋葬されているのは秦の始皇帝(Qin Shihuang)の祖母である可能性が高いという。


 出土したテナガザルについて調査した動物考古学者の胡松梅(Hu Songmei)氏は、3Dモデリングと長年の分析により、最終的にこの死骸はすでに絶滅しているが、新種と確認した。胡氏は「テナガザルの生存は急速に脅かされており、現存しているテナガザルの保護の重要性を暗示しているのではないか」と語った。



 現任の陝西省考古研究院商周研究室副主任丁氏が記者に語ったところ、テナガザルが発見された秦陵園では、04年から08年までの4年間にわたり、考古学者らが秦陵園で発掘調査を実施した。発掘の過程で、大量の動物の死骸を発見した。


 丁氏の説明によると、「13か所の陪葬された墓を調査したところ、テナガザルは第12号の墓から出土した。家畜ではない動物の骨が出土したことで、張天恩(Zhang Tianen)隊長は急いで陝西省動物考古学者の胡氏に連絡し、発掘現場へ向かわせた」と語った。


 十数年ぶりに、胡氏は第12号の墓に陪葬された「珍奇な」鳥獣を見た時の光景を振り返った。陪葬された墓は長方形で、北面から鳥類の骨が数多く発見された。


 南面には、身をかがめた2頭のツキノワグマ、羊、ヒョウ、オオヤマネコ。「最も感動したのは、珍しい霊長類の死骸だった。霊長類の頭蓋骨、下顎、上腕骨を採取した。霊長類の上腕骨はとても長く、牙もとても大きかった。ほかの墓で出土したアカゲザルやゴールデンモンキーの頭蓋骨とは全く異なっていた。霊長類であるテナガザルの可能性を疑った」


 その後、胡氏は死骸の写真を中国科学院脊椎動物と古人類研究所の霊長類専門家、趙凌霞(Zhao Lingxia)氏に送った。趙氏は鑑定後、この死骸は確かにテナガザルに属すると判断したが、どの種類なのかは確認できなかった。


 さらに多くの古墳の情報を調べるため、12年に陝西省考古研究院(Shaanxi Provincial Institute of Archaeology)と英国の科学者が協力した。発見されたテナガザルを傷つけないため、研究者はDNAの採取をあきらめた。代わりに遺骸に3Dモデリングを実施し、16か所のポイントにタグ付けを行った。


 その後、研究者らは数年かけて、タグ付けしたポイントと現在、世界で生存する数百のテナガザルの骨格を比較した結果、どのテナガザルにも属さないことが分かった。


 テナガザルは、世界で最も絶滅の危機に瀕している霊長類だ。「霊長類で一番孤独な近親」と呼ばれるクロテナガザルは、03年にはわずか13頭の生存が確認されるにとどまっている。国家林業局の長年の努力により、現在では27頭までに回復しているが、まだ絶滅の危機から脱したとはいえない。(c)東方新報/AFPBB News

奇妙な色の珍しいパンダ

「チーザイ」という名の9歳のパンダは、毛の色が白と黒ではなく、白と茶色という珍しいパンダで、専門家らに観察されている。チーザイは生後2か月の時に野生で見つかった。母親に捨てられたと考えられている。

これまでチーザイは世界で唯一の茶色のパンダとされていたが、陝西省で同じような毛の色をした野生のパンダが発見された。