中国史の勉強になる旅行

こんにちは、西安金橋国際旅行社の担当でございます、これから皆に日本語ガイド付き専用車をチャーターして中国史の勉強になる旅行を少しずつご紹介致します。何かご希望(ご要望・リクエスト)がございましたら、お気軽にxiaojunn@gmail.com までお声をおかけくださいませ。

秦代の帝王陵と遺跡の現状

西安から 場所 陵墓 墓主(朝代) 遺跡 土盛り
東北へ100キロ位 臨潼區東北(櫟陽陵區) 秦獻公陵 秦獻公公子連(戰國秦) 櫟陽城遺跡:秦獻公と秦孝公時代の秦の都 不明
弟圉 秦孝公嬴渠梁(戰國秦)
東へ30キロ位 臨潼區西南秦東陵(芷陽陵區) 芷陵 秦昭襄王嬴則與唐皇后(戰國秦) 有
孝文王陵 安國君嬴柱與華陽皇后(戰國秦) 不明
東へ40キロ位 臨潼區驪山北麓 秦始皇陵 秦始皇嬴政(大秦帝國) 有
西安市 西安市新城區韓森寨村 秦莊襄王陵 始皇帝の父 有
西安市 西安東南曲江池南岸 秦二世陵 秦二世胡亥(秦朝) 近くは秦二世陵遺跡博物館があります。 有
北西へ50キロ位 咸陽市北原 永陵 秦悼武王嬴蕩(戰國秦) 近くは秦咸陽宮遺跡と博物館があります 有
惠文王陵 秦惠文王嬴駟(戰國秦)
西へ400キロ強 甘肅省禮縣 秦西垂陵園 秦襄公嬴開、秦文公、秦憲公、秦出子(春秋秦) 礼县は秦人の発祥の地、秦文化の源だそうです 不明
西へ200キロ位 寶雞市陳倉区 平陽墓區 秦武公 、秦德公、秦宣公、秦成公嬴載(春秋秦) 近くは秦の五番目の都、平阳宫城遺跡がありそう 不明
西へ200キロ位 寶雞市鳳翔縣 雍州墓區 秦穆公嬴任好、秦康公嬴罃(yīng)、秦共公嬴趙氏、秦桓公、秦景公嬴石、秦畢公等(春秋秦) 近くは秦都雍城遺跡から出土した部分文物を展示してる鳳翔県博物館があります。 秦穆公の方は土盛りが残っています、秦景公の方は墓がオープンされています、他の方の土盛りが不明です

蔡倫さんゆかりの後漢帝王と皇后の陵

蔡倫さんの縁の後漢帝王と皇后の陵
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漢光武帝の原陵は河南省孟津県の白鶴鎮に位置し、河南省洛陽市から北へ20キロ離れ、現地は“漢陵”(俗称:“劉秀墓”)と呼ばれ、北には黄河が東西に流れ、南には邙山(ぼうざん)が東西にのびている、敷地は6.6万㎡、高さは17.83メートル、周囲は487メートルであります。


漢明帝劉庄と明徳皇后馬皇后の顕節陵(合葬墓)は河南省偃師市寇店鎮李家村の南西に位置し、土盛りは南北の幅が91.9メートル、東西の長さが96.9メートル、高さが12.5メートルです。東、西、南部は基本的に完璧、北部が土を取ったため破壊され、一つの窯遺跡があります。てっぺんは東西に最も長い所が26メートル、南北に最も長い所が27.5メートル、土盛りは3層の台地からなり、土盛りから東北方向に行けば近くに一つのセメント工場があります。

漢章帝劉炟と章徳皇后竇皇后の敬陵(合葬墓)は河南省の偃師市寇店鎮郭家嶺村の南西に位置し、東西の長さは104メートル、南北の幅は93メートル、高さは12メートル、土盛りが完璧、草と木に覆われ、周りは畑になって、てっぺんは東西の長さが32.5メートル、南北の幅が31.3メートル、土盛りの西側は溝渠があります。

漢章帝の敬隠皇后宋貴人の敬北陵は河南省の偃師市寇店鎮郭家嶺村の西北に位置し、南北の幅は94.9メートル、東西の長さは105.2メートル、高さは9.2メートル、てっぺんは平たい、丸い丘の形にして、土盛りの東は草と木に覆われ、3階の石段があります。村民に聞いて、土盛りの北は石の小道と大きいれんで築いた壁を発見したことがありますが、すでに地下に埋められたそうです。

漢章帝の恭懐皇后梁貴人の西陵は河南省の偃師市寇店鎮西干村の西に位置し、土盛りは南北の長さが60.1メートル、東西の幅が48.5メートル、高さが約15メートル、破壊程度が酷い、東部、南部、北部はそれぞれ8か所、5か所、1つの横穴式住居があり、西部は土を取った為、破壊程度が最も酷い、村に近い所に一つの煉瓦窯があります。

漢和帝劉肇と和熹鄧皇后の慎陵(合葬墓)は河南省の偃師市寇店鎮白草坂村の東南に位置し、東西の長さは94.9メートル、南北の幅は93メートル、高さは10.1メートル、土盛りが完璧、野生のナツメの木に覆われ、てっぺんは平たい、四角形、東西の長さが33メートル、南北の幅が35メートル、陵の南は深い溝があり、地元人の口コミにより、土を取ったためにできたのです。0.5メートルの下では沢山の黒い石を発見したこともあるそうです。

漢傷帝劉隆の康陵は河南省の偃師市寇店鎮白草坂村の東北に位置し、元の土盛りは南北の幅が85メートル、東西の長さが86メートル、高さが8.6メートルでした。後、地元の人は煉瓦を作ったり、土を取ったり、平地にされてしまったそうです。

漢安帝劉祜の恭陵は河南省洛陽市の孟津県三十里舗村の南に位置し、漢光武帝の原陵の南、地元の人は“二漢塚”と語り、土盛りは南北の長さが114.5メートル、東西の幅が102.6メートル、高さが12メートル、低い灌木に覆われ、早期の盗掘穴があります。

蔡倫さんが紙を作り始めたところは河南省の偃師市首陽鎮紙荘村に位置し、今、前後二つの紙荘村に分けられています。

漢魏洛陽故城東壁遺跡は河南省の洛陽市白馬寺鎮龍虎灘村の東に位置し、残長19m、東へ、蔡倫さんの紙を作り始めた紙荘村まで8キロ弱です。


崋山(すごくお薦めしたい中国の観光スポット!)

2016年8月初旬、友人が日本から遊びに来てくれたので、一緒に西安へ行ってきた。



今回の旅でどうしても私が行きたかったのは華山。


孫悟空が閉じもめられていたと言われる山で、中国の山の中で一番危険とも言われている。


行きたい行きたいと言っても、日程的に厳しく、バスや鉄道を使って行くにも限界があったため、
西安金橋国際旅行会社さんへお願いすることに。
実は、2013年に一度西安・兵馬俑の旅をアレンジしていただいたことがあり、また西安へ行くことがあったら絶対に
西安金橋国際旅行会社の倪さんにお願いしようと決めていた。
今回は、華山へ行くための車のみの手配(ガイドさん無し)を依頼したが、迅速かつ丁寧な対応に友人も私も
終始感動しっぱなしだった。
メールで送られてきたスケジュール案も的確で、とにかく詳しく、安心して華山へ向かえた。


華山は、西峰、南峰、東峰、北峰に分かれていて、私たちは西峰の麓から途中まで2013年に
新規開通したロープウェイで登った。
そして、4時間かけて西→南→東→北の順に縦走し、最後は北峰からロープウェイで下山したけど、
想像より歩きやすく、前後でロープウェイに乗れば縦走はそんなに苦ではなかった。
と思ったのは私だけだったようで、友人は山道にずっと続く階段がきつかったらしく、楽ではなかったようなので
感想は人それぞれだと思う。


まずは、入山料を払って、バスで一時間かけてロープウェイ乗り場まで移動。

西峰のロープウェイは絶景を眺められるおススメコースらしいけど、高所恐怖症の私には


ただただ恐怖でしかなかった。。
90度感覚で上がっていくその様子は、どんなアトラクションよりも迫力十分。
6人乗りで私たち2人以外は韓国人観光客4人。恐怖でおののく私のために、韓国人の皆さんが
私のカメラで私と友人をたくさん撮影してくれた。。
恐怖で変な汗をかきながら自力で撮影

約20分の乗車を終え、目の前に広がる絶景はあまりにもすごくて、言葉にならなかった。

西峰から南峰へ向かう途中も終始感動しっぱなし。


疲れなんて感じている暇はなかった。

最高峰となる南峰の標高は2,160m。


花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cm
ほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険
しい山として知られる。(ウィキ参照)
まさにコレ。命知らずとしか思えないこの絶壁を行き来する中国の方々。

友人も私もここを歩く勇気はなく、眺めるだけで精一杯だった。


写真には撮れなかったけど、命綱を付けて歩く足場20㎝の絶壁なんて想像するだけで震える。


そして、東峰も踏破。


この頃には友人も私も膝から下になぞの震えが。


疲れというより、絶壁を見過ぎての恐怖?それが震えになっていたような気がする。


北峰へ向かい、最後の華山を堪能した。

この写真の中央下あたりに写る北峰のロープウェイ乗り場から乗って下山した。


ちょっとマニアックな旅先かもしれないけど、すごくお薦めしたい中国の観光スポット!
友人も私も大満足の一日だった。



入山から下山までに必要なチケット

何より、無事行って帰ってこれたのは、倪さんはじめ、親切なドライバーさんがいてくださったからこそ。


本当に感謝感謝です!ありがとうございました。


===終わり===