中国歴史の勉強になる旅行

こんにちは、西安金橋国際旅行社の担当者、倪と申します、皆様に中国史の勉強になる旅を少しずつご紹介致します、
何かご希望(ご要望・リクエスト)もございましたら、お気軽にxiaojunn@gmail.com までお声をおかけくださいませ。

秦楚古道

楚古道について、
義谷道とも呼ばれ、秦と楚を結びつける古驛道でした、中国国内において最も早い”高速道路”、重要な南北物流ルートでした。
秦楚古道の造りは、大体三つの段階に別れ、
第1段階は秦朝の初期から末期までに築造され、起点長安から、終点秦嶺山脈の終南山に至り、延々150あまり㌔続いていました;
第2段階は前漢王朝から後漢王朝までに築造され、陝西長安から、河南内郷、湖北襄陽までは、約500キロメートルでした;
第3段階は三国時代に築造され、湖北襄陽から、荊門、江陵紀南城(楚古都遺跡、荊州古城より北10メートルぐらい)までは、約150キロメートルでした。
秦楚古道の機能は、主に下記幾つの方面でした:
1.軍用道路でありました、一旦事あればすぐさま軍隊をおくれるよう、また軍需品糧秣を運ぶ道でした;
2.朝廷の公文など、通信ための道路でした;
3.また外国の使者などが朝廷に貢物を差し出す道でした;
4.また庶民の通商と往来に便利な道でした。
秦楚古道関連施設は、古代は古道の沿線に防御に備えた関所、及び朝廷役人、軍隊将士、使節者、配達者などの休憩、宿泊、馬を乗り換えるための駅舎、お店などの施設が付設されていました。
中央政府が出資して築造し、地方政府が保護する役割をになっていました。
古道が廃棄された後、沿線にある駅舎、お店などは木造で無くなってしまいました。
秦楚古道は西安から一番近いのが第1段階、秦初から秦末までに築造された部分です、西安からチャーター車にて日帰りが可能です。
秦楚古道の写真と観光コース